初めて外国出願をする方のために−外国出願のための基礎知識−
初めて外国出願をするために必要な最低限の知識です。これを知っていると外国出願がやりやすくなります。
「属地主義」
これは、「貴社は、権利(特許権・商標権・意匠権・実用新案権)を取得したい国毎に出願する必要がある、という原則です。
その理由は、「各国の特許権等の効力はその国にしか及ばない」という原則があるからです。これを「属地主義」と言います。これは国際法上の概念です。従って、もし、外国でも特許権、商標権等を保持したい場合には、その国へ出願して権利を取ることが必要となります。
「優先権」(パリ条約に基づく優先権)
もし、日本で出願(特許・実用新案・商標・意匠)を既に行っている場合には、その出願日から1年(特許・実用新案)又は6ヶ月(意匠・商標)以内であれば、権利を取ろうとする国で「優先権」を行使することができます。
これらの優先権は「パリ条約」(19世紀に締結された知財に関する国際的同盟条約)に規定されております。
パリ条約における「優先権」とは、日本の出願日から1年(特許・実用新案)又は6ヶ月(意匠・商標)以内であればその国の審査において、その国の特許庁に対して日本の出願日を主張できます。
どういうことかといえば、この優先権を主張した場合には、その国の特許庁はその国での貴社の出願の審査を、その国の出願日ではなく、日本の出願日を基準に行います。
その結果、この1年間又は6か月間は、他人の同一対象に関する出願を排除することができ、結果的に、貴社は外国で優先的な取り扱いを受けることが可能となります。従って、日本で出願した場合には、外国へ出願する準備のために1年間又は6か月間の優先的期間(法的には「優先期間」と称します)を持つことができることになります。
従って、もし、外国でも権利を取りたい、と考えられている場合には、日本出願日から1年(特許・実用新案)又は6か月(意匠・商標)のデッドラインを貴社側でも管理されることが肝要です。もちろん、特許事務所にご依頼されれば、特許事務所側で責任を以てこのデッドラインを管理し、遅くとも1か月前には、貴社に対し「外国出願の優先期限が迫っておりますが、外国出願は行われる予定ですか」というリマインダーを発して、注意喚起をするようにしております。
「翻訳」(特に、特許の場合)
上記のように権利を取りたい国へ出願する必要がありますが、世界のいずれの国でも、自国の言語で審査し、権利を設定します。ですから、出願する日本語で記載された特許明細書もその国の言語に翻訳することが必要になります。
この翻訳に関しては、現在、機械翻訳技術が向上しておりますが、やはり、特許専門の翻訳者による翻訳が安全であり、これをお勧めします。
理由は、特許明細書は非常に専門的な文書であり、機械翻訳技術によっては、未だ十分な翻訳品質が得られておりません。また、特許明細書は将来の権利書となるものですから、一字一句正確な特許翻訳技術が必要となります。従って、どうしてもプロによる翻訳を、上記の優先期間内に準備する必要があります。
日本では英訳に関しては様々なプロ翻訳会社があり、非常に信頼性は高いのですが、英語以外の言語に関しては、日本で翻訳を作成するよりも、直接に特許化しようとする外国の代理人(特許事務所・弁理士)に依頼したほうが正確な翻訳となり、かつ費用が安いといえます。この特許明細書の翻訳、言語の問題に関しては、国際特許業務において、非常に重要な意味を持っております。知的財産は全て、「言語を介しての権利」だからです。この点は別の機会に述べます。
外国出願の仕方:1 -「パリルート」-
外国で知財(特許・実用新案・意匠・商標)を権利化する場合には、(1)の属地主義に基づき(2)の「優先権」を主張して、各国へ出願することが必要ですが、出願の仕方には2通りあります。いわゆる「パリルート」(各国別出願ルート)と、「PCTルート」(国際出願ルート)です。なお、「パリルート」とは、「パリ条約による外国出願ルート」という意味です。
「パリルート」で特許を外国で取得しようとする場合、出願から1年以内の「優先権」を使って以て外国特許庁への出願手続を行えますが、欠点は、「翻訳問題」です。
(3)に記載されているように、いずれの国も自国の言語で審査、権利設定を行うことから、特に、特許明細書の自国言語への翻訳を要求します。従って、特許明細書の場合、特殊な英語であって、特許明細書は所定のボリュームがあるので、翻訳代は所定の費用になります。
この費用がその国への出願時に必要になるのが「パリルート」です。一ヵ国であればよいのですが、多数国となると、この費用が出願時に初期費用として所定金額発生します。従って、出願人は外国出願の初期に、この費用負担を強いられることになります。ここが「パリルート」の問題点です。
逆に、出願国が少ない場合(例えば、米国と中国のみ)には、あまり問題にはなりません。従って、多数外国へ出願する場合には、非常に重大な問題になってきます。
外国出願の仕方―:2 ―「PCTルート」―
- ①PCTのメリット:
そこで、特許の場合には、「パリルート」以外に「PCTルート」があります。このメリットは各国毎の権利化に要する翻訳費用を、最大30ヶ月先送りにできる点にあります。従って、外国へ出願する場合であっても、自社のビジネスの状況、各国での事業化の状況等を判断しながら、ゆっくりと権利化国を決め、必要に応じて翻訳を余裕をもって準備して進めることができます。
PCTとは「特許協力条約」の略称で、「条約に基づく外国出願」です。PCTは1970年にワシントンで締結された条約です。
PCT出願は、外国特許庁へ直接に行う必要はなく、日本特許庁(「受理官庁」と言います)に対して日本語による単一の決められたフォーマットの特許明細書で行えます。各国毎の出願を行わなければならないパリルートに比して、この点が非常にユーザーフレンドリーです。
- ②PCTとは:
このPCTによる出願を「国際出願」と言いますが、注意すべきは、「国際出願」で外国まで自動的に権利化できるわけではありません。マスコミ等では、「国際特許」という語を目にすることがありますが、法的には「国際特許」というものは存在しません。即ち、「世界的に効力が及ぶ国際的な単一の特許」という物は存在しません。PCTもそのような制度ではありません。PCTを利用した場合にも、あくまでも各国毎の特許を成立させるものです。
国際出願日から各国への特許化の期限を30ヶ月先延ばしにできますが、その間に自分が希望する国へ出願手続を行う必要があります。これを「国内係属手続」といいます。国内係属手続により各国の特許庁に係属(出願)し、各国の特許庁による審査を受ける必要があります。
また、「国際出願」には「国際調査」が付属しており、全国際出願に対して国際調査が自動的に行われます。従って、国際出願の発明の価値が早期に判断できます。
- ③PCTの限界(国際調査の信用度)
但し、PCTはいいことづくめではなく、限界もあります。
即ち、現在の制度では、余り国際調査の結果の信用性はあまり高くありません。これはPCTの制度上の限界です。本来的には世界的に信頼できる単一の調査がされればよいのですが、各国の特許情報の共有化がされていないことから、各国特許庁による自国の特許情報を基礎とした調査がされることになり、結局、完全な国際的な観点からの調査はされていないのが現状です。
やはり、各国の特許庁による審査が行われますので、国際調査の結果を(良い場合も悪い場合も)あまり気にせず、(最終的には各国での審査で特許の可否は決められることになるので)国内係属を行うことをお勧めしております。
従って、当所としては、現段階では、PCT上の補正手続(19条補正)、「予備審査手続」(33条)の利用はおすすめしておりません。これらの制度は、より各国間での特許情報の共有化が進んだ段階でその力を発揮することになるでしょう。
EPC(欧州特許条約)
欧州で特許を取ることをお考えの場合にはEPCを利用されることをお勧めします。
欧州には、欧州経済圏に基づく「欧州連合」(EU)の特許版であるEPCがあります。EPCはPCTよりも一歩先に進んでおり、加盟国34ヵ国全体に影響力を持つ全体として一つの特許を集中的に成立させる制度です。
従って、欧州特許庁(EPO)が単一のEPC出願を審査し、加盟国34ヵ国に対して形式的効力を持つ単一の特許を成立させます。従って、PCTのような各国ごとの審査はありません。その結果、欧州各国別に出願した場合、各国ごとに発生する出願、審査委に要する費用を節約することができます。
EPOでEP特許が成立した後は、出願人の権利化希望国ごとに権利を発生させる手続を行いますが、基本的には、形式的な「権利化手続」と、特許明細書又は請求範囲のみの各国語の「翻訳文提出」のみでその国の特許権が発生するシステムです。
但し、欠点としては、丁寧な審査を行うことから審査に時間かかかることと、全出願に対して調査を行うため、費用が少々高い点です。但し、早期審査の制度もありますので審査を速めることもできます。
注意点は、日本で出願前に公開して出願した場合で「新規性喪失の例外」の適用を受けていた場合です。出願前の新規性喪失に関し日本と米国は広い救済処置がありますが、EPCの場合には非常に厳しい扱いとなっており、もし、日本で出願前に公開(学会発表、販売、新聞発表等)していた場合にはEPC、欧州では特許化できない場合があるので注意、検討が必要です。
中国での特許化
よく顧客様から質問を受けるのが中国です。「中国では特許化する意味はあるだろうか」です。結論から言えば、「意味はある」とお答えしております。
先ず、皆さまのご心配は「中国では模倣されてしまうので権利を持つ意味がないのではないか」という点です。この点に関しては、中国での知財模倣の歴史は非常に長いので、確かに、その懸念の根拠はあります。また、私自身、複数の特許案件で中国での模倣に直面し、他国と大きく異なる中国事情を身を以て体験しており、非常に驚くことも何度もありました。一方で、現在、米中経済戦争において、また、日本を含め多くの国が中国に対して機会があるごとに「知的財産保護」を訴えております。中国政府もこの事情を無視できず、ここ数年、非常に「知的財産権保護」の観点からの法改正、制度改正、取扱いの変更が行われてきております。
本来、特許制度は欧州、日本等を参考に、1980頃に成立し、制度そのものはしっかりとした制度です。
特許制度、商標制度の運用の仕方に関しては、ここ数年を見る限り、非常にしっかりとした日本に比較しても余り見劣りのない運用がされていると判断しております。
問題は権利行使(侵害事件)の場面ですが、中国には「訴訟制度」の他に、「行政手続」という行政機関(中国知識産権局)による「侵害差止」のみを迅速に行う制度もあり、私の経験では有効に機能しております。また、逆に、日本ではこの制度はなく、侵害事件の場合には裁判所すべてに対して侵害訴訟を行う他はないのですが、訴訟に長期間(数年)を要することを考慮すれば、中国の方が効果的に侵害を阻止できるともいえます。
また、最も重要な点は、中国で良い弁理士、弁護士を見つけることです。ここが非常に重要な点です。なかなか信頼でき、かつ日本語で意思疎通ができる弁理士、弁護士を発見することには困難が伴います。ここをクリアできれば中国での権利化は進めることを強くお勧めします。当所では長年の困難な歴史を通じて、幸運なことに信頼できるチャンネルを確保できております。
ともかく、日中間の経済的なつながりは非常に強く、日本企業としてこれを否定することはマイナス思考であると思われます。ともかく、様々な問題はなおあるにせよ、中国で権利を持っていないと模倣される一方であり、また、中国内で侵害事件が起きた際に戦うこともできません。先ずは土俵の上に乗るためにも、中国での権利化をお勧めします。
著者
所長弁理士 木村高明
所長弁理士
専門分野:知財保護による中小企業(SMEs)支援。特に、内外での権利取得、紛争事件解決に長年のキャリア。
製造会社勤務の後、知財業界に転じ弁理士登録(登録番号8902)。小規模事務所、中規模事務所にて大企業の特許権利化にまい進し2002年に独立。2012年に事務所名称を「依頼人に至誠を尽くす」べく「至誠国際特許事務所」に変更。「知財保護による中小企業・個人支援」を事業理念として現在に至る。事務所勤務時には外国業務担当パートナー。日本弁理士会・国際活動センター元副センター長。国際会議への出席多数。