中小企業知財と発明の進歩性4:具体事例

前回の記事では中小企業が、ポリカーボネート製バッグの特許出願をして、拒絶査定をもらい、拒絶査定不服審判の請求をしたことをお話しました。審判では面接審査を申請し、出願人には3人の審判官の前で、全力で発明に係る商品を前に従来品に比して有利な点を45分間に亘ってプレゼンをしてもらいました。
プレゼン後も、基本的に進歩性に否定的な見解の主席審判官に対して、陪席の審判官の一人が、ぽつりと「私は、中小企業の発明なんだからこのレベルで進歩性を認めてもよいと思いますけどね」とつぶやきました。
それを聞いた時に、「なるほど。大企業と中小企業では、進歩性のハードルの高さに差を設けて考える審査官、審判官も特許庁にはいるんだな」ということに改めて気づきました。
この点は、考えてみれば当然のことで、進歩性の本質は同じでも、そのハードルの高さは、産業分野、技術分野において事実上異なります。また、異なって当然です。
当然に、「容易不想到」の進歩性の法理は特許制度において非常に重要ですが、産業政策的にみても、中小零細企業の日用品の発明に関して、電子産業、自動車産業における進歩性のハードル(構成の困難性の判断の感覚・非常に高い技術的ハードル)により判断した場合には、結果的に、当該技術分野における産業の発達を阻害することは明らかです。
従って、産業政策的な観点からは、より柔軟な進歩性のハードル設定が望ましい、と思われます。
また、この事件では本件発明の効果である「圧倒的な耐候性」(数か月間、24時間に亘り水道錘を表皮材に当て続けても表皮材が劣化しないという実験データ)を基礎に、その原因となる発明の構成(非常にシンプルな構成)に対して、進歩性の基礎となる「構成の困難性」を認めたものと思われます。
本件における特許庁・審判合議体の判断は非常に妥当であったと考えております。また、審判における十分な反駁に資する証拠データを蓄積しておられた会社の努力がものを言いました。
結果として、この出願は特許になり、出願人はこの特許に基づき、現在の同社の主力製品を多数開発し、大幅に会社としての売上を伸ばしました。 この案件は、中小企業が知財を有効に、かつ徹底的に活用した好例です。この会社の社長のモットーは「わが社の製品は知財の塊」です。
特許お役立ち情報の最新記事
- 中小企業知財について
- 中小企業知財と知財意識
- 中小企業知財と紛争事件2
- 中小企業知財と紛争事件2
- 中小企業知財と紛争事件1
- 補論:特許査定と判決文
- 中小企業知財と発明の進歩性3:具体事例
- 中小企業知財と発明の進歩性2
- 中小企業知財と発明の進歩性1
- 大企業知財と中小零細企業知財
- 初めて商標登録をされる方へ−商標のマストな基礎知識−
- −プロの弁理士が解説!−特許侵害紛争事件について
- <特許取得事例>「革新的被服技術案件」
- <特許取得事例>「AI利用地図作製技術案件」-審査段階における「オンライン審査官面談でのプレゼン」の成功例―
- <特許取得事例>「ストレス判定技術案件」―大学教授による先進技術発明·進歩性判定予測の難しさ―
- <特許取得事例>分割出願による特許ポートフォリオ―
- <特許取得事例>分割出願によらない特許ポートフォリオ―
- 初めて特許を取得する方へ −3つの条件をプロの弁理士が解説します−
- COVID-19と特許問題
- 国際段階を管轄するPCT制度
- 特許制度調和の歴史
- パリ条約とPCT
- 世界知的所有権機関(WIPO)と特許制度調和
- 世界の知的所有権の国連専門機関–WIPO–
- 特許要件・「進歩性」とは
- ★プロ弁理士が解説!日本の実用新案制度の紹介−自社のマーケットを守るために−
- 実用新案制度・中小企業には必須の制度
- PCT国際調査制度
- 特許審査について
- 事務所の実力が決まる!特許事務所の“パラリーガル”について
- 分割出願戦略・特許ポートフォリオ
- 実用新案制度(2)
- 特許審査と審判の関係
- 経験豊富な弁理士が解説-日本における「色彩(一色)のみの商標」の取扱-
- 弁護士と弁理士の関係
- 紛争事件と「記載要件」
- 中小零細企業と特許(知財)について
- 特許調査の概要・意義と特許調査のメリット
- 特許マップ(パテントマップ)の概要と意義
- 特許の請求の範囲と明細書の書き方
- 特許の無効審判とは?無効審判の意味と申請の流れ
- 特許出願・特許申請で必ず注意しなければならないポイント
- 特許にも有効期限・期間はある?申請時に意識しないといけないポイント
- 特許査定の概要と意義
- 特許申請の流れを教えてください!
- 特許年金とはいったい何?
- 特許の申請、どれくらい費用がかかるの?
- 特許の取り方の大まかな流れと注意するべきポイント
- 最新の特許法改正による影響は?
- 特許法の存在意義と必要なシーン
- 特許を扱うのに必要な資格とは
- 特許事務所の仕事と必要なスキル
- 特許翻訳の仕事と必要なスキル
- 特許庁と商標の関係
- 特許庁に採用されるために必要なこと
- 特許庁のお仕事と必要なスキル
- 特許に関わるお仕事の種類とは