中小企業知財と紛争事件2
前回の訴訟事件手続の一般論について述べましたが、中小企業知財の観点から見た場合の問題点を述べます。
1.特許・実用新案事件における侵害論
中小企業が原告となって、中小企業又は大企業と戦う場合、先ずは無効論をクリアする必要がありますが、これをクリアできた場合、次の大きな課題は、侵害論です。侵害論では、どのように侵害が成立しているか、を裁判所が理解できるように主張立証する必要があります。
この場合、侵害者が原告の特許権、実用新案権をズバリ侵害している場合は、原告商品のデッドコピーですが、デッドコピーの事例は余りなく、多くの事例は、原告の特許製品と同一の構成ではないが、機能、作用は共通している、という場合です。
このような場合は、侵害品が特許請求の範囲の文言全てを具備する、いわゆるズバリ侵害であり、これを「文言侵害」と言いますが、文言侵害ではなく、ズバリ侵害の周辺部分の侵害の場合には、「均等論」の議論になります。
均等論は平成5年の最高裁判決で、均等論侵害の理論そのものは容認されましたが、現状、なかなか均等侵害の成立は裁判所で認められません。
あるデータによれば、均等侵害を主張した場合であっても、成立率は約10%程度です。一方、中国ではほぼ5割の確率で裁判所に均等論侵害が認められております。従って、この点からすれば、特許侵害事件においては、日本は「プロパテント」ではありません。
私の経験した事例(実用新案権侵害訴訟事件)を例にとると、被疑侵害品は4件あり、イ号は文言侵害(ズバリ侵害)、ロ号は均等侵害、ハ号、ニ号は、チャレンジの意味で均等侵害を主張しました。技術説明会を訴訟開始すぐに行い、裁判所に被疑侵害品の理解を深めてもらい、技術説明会の場でも、均等成立要件に関する説明を行いましたが、侵害論の終了時点での裁判所の心証開示では、均等侵害は認められず、文言侵害のイ号のみの侵害が認められました。
原告は中国で事業を行っている台湾人であり、中国では均等論は約5割の確率で均等侵害が裁判所に容認されていることを中国弁護士を介して知っていたため、この点に関しては非常に失望しておりました。
中国特許侵害実務では、均等論に寛容である点のみならず、懲罰的損害賠償を容認している点で、日本よりも権利者を守ろうとする方向性が非常に強いと思われます。日本における侵害訴訟の件数が少ないのは、このような点が原因の一つであろうと考えられます。
2.損害論
私が経験した実用新案侵害訴訟事件では、権利者は、依頼会社の会長である発明者になっていました。但し、侵害品の出現により実際に損害が発生したのは会社です。従って、損害を受けた主体と権利者とが異なる、という事態となっていました。
このような場合、権利者である会長と会社との間に正式なライセンス契約書がない場合には、裁判所は、原則として、特許権者である会長に対して「実施料相当額」(特許法第102条第3項)程度の損害額しか認めません。
但し、私の経験によれば、中小企業では、このような「代表者が知財権を保有しており、会社がその知財権を実施しているが、両者間には書面によるライセンス契約は存在しない」という事例は非常に多いと思います。 この侵害訴訟事件では、最終的に裁判上の和解になりましたが、その会長と外国企業との間にライセンス契約が存在したことから、そのライセンス契約書を証拠として提出し、本事案においても実質的にライセンス契約が存在した旨の主張を押し通し、なんとか「実施料相当額」以上の和解金を得ることに成功しましたが、この議論にかなりの時間と体力を費やしております。この辺りも、中小企業が陥りがちな問題点です。
特許お役立ち情報の最新記事
- 中小企業知財について
- 中小企業知財と知財意識
- 中小企業知財と紛争事件2
- 中小企業知財と紛争事件1
- 補論:特許査定と判決文
- 中小企業知財と発明の進歩性4:具体事例
- 中小企業知財と発明の進歩性3:具体事例
- 中小企業知財と発明の進歩性2
- 中小企業知財と発明の進歩性1
- 大企業知財と中小零細企業知財
- 初めて商標登録をされる方へ−商標のマストな基礎知識−
- −プロの弁理士が解説!−特許侵害紛争事件について
- <特許取得事例>「革新的被服技術案件」
- <特許取得事例>「AI利用地図作製技術案件」-審査段階における「オンライン審査官面談でのプレゼン」の成功例―
- <特許取得事例>「ストレス判定技術案件」―大学教授による先進技術発明·進歩性判定予測の難しさ―
- <特許取得事例>分割出願による特許ポートフォリオ―
- <特許取得事例>分割出願によらない特許ポートフォリオ―
- 初めて特許を取得する方へ −3つの条件をプロの弁理士が解説します−
- COVID-19と特許問題
- 国際段階を管轄するPCT制度
- 特許制度調和の歴史
- パリ条約とPCT
- 世界知的所有権機関(WIPO)と特許制度調和
- 世界の知的所有権の国連専門機関–WIPO–
- 特許要件・「進歩性」とは
- ★プロ弁理士が解説!日本の実用新案制度の紹介−自社のマーケットを守るために−
- 実用新案制度・中小企業には必須の制度
- PCT国際調査制度
- 特許審査について
- 事務所の実力が決まる!特許事務所の“パラリーガル”について
- 分割出願戦略・特許ポートフォリオ
- 実用新案制度(2)
- 特許審査と審判の関係
- 経験豊富な弁理士が解説-日本における「色彩(一色)のみの商標」の取扱-
- 弁護士と弁理士の関係
- 紛争事件と「記載要件」
- 中小零細企業と特許(知財)について
- 特許調査の概要・意義と特許調査のメリット
- 特許マップ(パテントマップ)の概要と意義
- 特許の請求の範囲と明細書の書き方
- 特許の無効審判とは?無効審判の意味と申請の流れ
- 特許出願・特許申請で必ず注意しなければならないポイント
- 特許にも有効期限・期間はある?申請時に意識しないといけないポイント
- 特許査定の概要と意義
- 特許申請の流れを教えてください!
- 特許年金とはいったい何?
- 特許の申請、どれくらい費用がかかるの?
- 特許の取り方の大まかな流れと注意するべきポイント
- 最新の特許法改正による影響は?
- 特許法の存在意義と必要なシーン
- 特許を扱うのに必要な資格とは
- 特許事務所の仕事と必要なスキル
- 特許翻訳の仕事と必要なスキル
- 特許庁と商標の関係
- 特許庁に採用されるために必要なこと
- 特許庁のお仕事と必要なスキル
- 特許に関わるお仕事の種類とは