−プロの弁理士が解説!−特許侵害紛争事件について
「実用新案登録無効審判事件」
本件は、紛争事件であり、依頼人·権利者は中国の中小企業であり日本の実用新案権利者で、相手方。侵害者は 日本の大企業です。本件は実用新案権侵害訴訟となった事件であり、私自身、中国企業の依頼で実用新案権に基づき日本の侵害者を訴追する、という案件は初めてでしたが、非常に学びの多い事件でした。
最初に、依頼人から当該実用新案登録に関する技術評価請の依頼があり、結果は「6点」であり非常に強い実用新案権であることが判明しました。
次の依頼は、「日本の大企業に対して侵害に基づく警告書を発送してほしい」というものでした。その警告書を発送したところ、実用新案登録に対する無効審判が請求されました。無効理由は「明確性要件違反」及び「サポート要件違反」です。
いすれも請求範囲の記載の不備に関する無効主張であり、「明確性要件違反」とは、「請求範囲の記載が当業者には不明確である」というものであり、「サポート要件違反」とは、「明細書を参酌しても請求範囲の記載が十分に明細書の記載によりバックアップされているもとはは思えない」というものです。
当初、相手方から無効主張があるとすれば、進歩性欠如ではないか、と考えていたことから、この無効審判請求書には少々、びっくりしました。なぜなら、問題となる実用新案登録公報を読んだ際に、「記載不備の可能性がある」とは全く考えていなかったからで、請求範囲の記載もよく理解できましたし、かつ、明細書の記載も十分にバックアップされている、という認識があったからです。
「明確性」及び「サポート要件」に関しては、「特許審査基準」に詳細に規定、解説があります。「特許審査基準」とは、特許庁の「内規」であり、特許法を個別具体的事案に適用する際に、各審査官によって異なる適用がされることのないように、「法律適用マニュアル」を作成したものです。
「特許審査基準」には、「明確性違反」に関しては、「当業者が、明細書の記載、図面の記載、技術常識を参照して請求の範囲の記載を理解できるか否か、により判断する」と規定されており、この規定は、裁判所の判例に基づくものです。また「サポート要件」に関しては、「特許を受ける発明が、詳細な説明において発明の課題を解決できるように記載されているか否か、により判断する」と規定されております。このような考え方は元々、知財高裁の判決に沿ったものです。
しかしながら、無効審判請求人側(侵害者である大企業側)は、「請求範囲には発明の構成のみが記載され、どのように作用、効果を奏するか分からないので、請求範囲の記載は明確ではなく、かつサポート違反である」と主張してきました。
被請求人である当方は、特許審査基準及び知財高裁の判決を引用して答弁し、口頭審理においても一貫して同様の反論を行い、幸運にも審判では審判請求却下(被請求人の勝ち)の審決を得ることができました。
しかしながら、請求人は知財高裁へ訴訟を提起し、知財高裁でも同様のバトルを展開しましたが、審判同様に勝訴することができました。請求人側はさらに最高裁へ上訴しましたが、最高裁では実質審理に入ることなく訴訟が却下され、最終的に特許庁での審決が確定し、原告勝訴となりました。
この紛争事件に関与する前までは、審査、当事者系審判において、このような実質的な「記載不備」(特許法第36条第6項)に関する議論の経験はなかったことから、「請求範囲の記載、及び明細書の記載はいかにあるべきか」を深く認識することができ、大変に良い経験となりました。
また、確かにこの実用新案登録の請求範囲には「発明の構成」のみが記載されており、作用は全く記載されておりませんでした。これはこれで非常に明快な請求範囲の記載であり、上記のように法律には合致しているものですが、もし、請求範囲に作用を併記しておけば、侵害者に「構成のみしか記載されていないので記載が不明確である」等の主張の根拠すら与えることはなかった、と考えられ、「どのような請求範囲が適切に紛争を抑止、回避できるか」という観点からも非常に考えさせられる事件でありました。
著者
所長弁理士 木村高明
所長弁理士
専門分野:知財保護による中小企業(SMEs)支援。特に、内外での権利取得、紛争事件解決に長年のキャリア。
製造会社勤務の後、知財業界に転じ弁理士登録(登録番号8902)。小規模事務所、中規模事務所にて大企業の特許権利化にまい進し2002年に独立。2012年に事務所名称を「依頼人に至誠を尽くす」べく「至誠国際特許事務所」に変更。「知財保護による中小企業・個人支援」を事業理念として現在に至る。事務所勤務時には外国業務担当パートナー。日本弁理士会・国際活動センター元副センター長。国際会議への出席多数。
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